夏目漱石『坑夫』

 そこへ戸を開けて、医者があらはれた。其の顔を見ると、矢張り坑夫の類型(タイプ)である。黒のモーニングに縞の洋袴(ずぼん)を着て、襟の外へ顎を突き出して、
「御前か、健康診断をして貰ふのは」
と云つた。此の語勢には、馬に対しても、犬に対しても、是非腹の内(なか)で云ふべき程の敬意が籠つてゐた。