野坂昭如『殺さないで』

 車がきしみ、とまると、牛殺しの男とび出して、マンガをうけとるように待ちかまえ、すっかりしびれた両腕さするひまもなく、まず腰をけとばされ、はいつくばったところを髪をつかまえられ、
「顔に泥ぬられたやて、えらいすまなんだな、立派な顔に泥塗って。洗うたるわな」
 コンクリートの道に、顔そむける間もなく額をゴシゴシとすりつけられ、マンガはもう生きた心地なく、眼をつぶっていると、〔……〕