夏目漱石『虞美人草』

 真葛(まくず)が原に女郎花が咲いた。すら/\と薄を抜けて、悔(くい)ある高き身に、秋風を品よく避(よ)けて通す心細さを、秋は時雨て冬になる。茶に、黒に、ちりちりに降る霜に、冬は果てしなく続くなかに、細い命を朝夕に頼み少なく繫なぐ。冬は五年の長きを厭はず。淋しき花は寒い夜を抜け出でゝ、紅緑に貧(まづしさ)を知らぬ春の天下に紛れ込んだ。地に空に春風のわたる程は物みな燃え立つて富貴に色づくを、ひそかなる黄を、一本(ひともと)の細き末に頂いて、住むまじき世に肩身狭く憚かりの呼吸(いき)を吹く様である。