夏目漱石『道草』

 彼女は仏壇から眼を放して健三を見た。健三はわざと其視線を避けた。
 心細い事を口にしながら腹の中では決して死ぬと思つてゐない彼女の云ひ草には、世間並の年寄と少し趣を異にしてゐる所があつた。慢性の病気が何時迄(いつまで)も継続するやうに、慢性の寿命が又何時迄も継続するだらうと彼女には見えたのである。