2013-12-19から1日間の記事一覧

『平家物語』灌頂の巻

住み荒して年久しうなりければ、庭には草深く、軒にはしのぶ茂れり。簾は絶え閨(ねや)露(あらは)にて、雨風たまるべうもなし。花は色々匂へども、主(あるじ)と頼む人もなく、月は夜々(よな/\)さし入れども、詠(なが)めて明かす主(ぬし)もなし。

井上ひさし『日本人のへそ』

二人 スラムでは 審判員 金をためるかわりに 垢をためる 会社員 犬を飼うかわりに 蚤を飼う 審判員 女中を雇うかわりに 女中に雇われる 会社員 夏 ひやむぎを喰うかわりに 冬 ひやめしを喰う 審判員 小切手をかくかわりに 赤っ恥をかく

夏目漱石『道草』

彼女は仏壇から眼を放して健三を見た。健三はわざと其視線を避けた。 心細い事を口にしながら腹の中では決して死ぬと思つてゐない彼女の云ひ草には、世間並の年寄と少し趣を異にしてゐる所があつた。慢性の病気が何時迄(いつまで)も継続するやうに、慢性の寿…

石川淳『善財』

志方大吉にとつては、世界は海でしかなかつた。陸はといへば、ときどき酒と女とを補給するための足だまりであり、それ以外にはじつに何の取柄もない泥のかたまりにすぎなかつた。海にはしぜんに塩と魚とがあるやうに、陸にはしぜんに酒と女とがあつた。

筒井康隆『狂気の沙汰も金次第』

時速二百キロで走っている新幹線が故障すると、次第にスピードがのろくなり、最後はレールの上で、じわーっと停ってしまう。 飛行機が空を飛んでいる最中に故障した場合、次第にスピードがのろくなり、最後には空中でじわーっと停ってしまうことはない。この…

倉橋由美子『暗い旅』

あなたはかれが自分の家に帰っている可能性をほとんど信じない、あなたにとってもかれにとっても、家は帰還すべき巣ではなくつねに脱出すべき檻だったから。

中村真一郎『回転木馬』

電話の声は、野放図に、愉しそうに呼びかけてくる。「お兄さん? 今、おひま? 私、御相談したいことがあるの。……」 妹だ、阿蘇とは十以上も齢の違う妹、彼の反対を押しきって、映画のニュー・フェイスになり、それから、有難いことには、あまり有名にもなら…

有吉佐和子『華岡青洲の妻』

だが患者が多くても、飢饉の最中に治療費を払うことのできる者は僅かしかいない。医家の入口は栄えても、奥向は困窮する一方であった。雲平は薬を惜しむことはしなかった。値上りしている薬草をふんだんに使って薬湯を煎じ、膏を練り上げて、病人には気前よ…

パスカル『パンセ』L五五九

ことばに無理を強いて対比表現をこしらえる人々は、対称形のために見せかけだけの窓をこしらえる人々のようだ。 彼らの規準は、正しく話すことではなく、正しいかたちをこしらえることなのだ。

兼好『徒然草』第三十五段

手のわろき人の、はゞからず文書きちらすは、よし。みぐるしとて、人に書かするは、うるさし。