石川淳『善財』

 志方大吉にとつては、世界は海でしかなかつた。陸はといへば、ときどき酒と女とを補給するための足だまりであり、それ以外にはじつに何の取柄もない泥のかたまりにすぎなかつた。海にはしぜんに塩と魚とがあるやうに、陸にはしぜんに酒と女とがあつた。