大岡昇平『武蔵野夫人』

 その夜から秋山には新しい意志が目覚めた。これはもう以前のいつも嫉妬してゐる男ではなかつた。このいやな感情を払ひ落すためにも、行動しなければならぬと彼は思つた。彼の師スタンダールは意志と行動を説いてゐるではないか――しかしかういふ亜流の熱狂が人を何処へ導くものであるかは、神様が知つてゐる。