サミュエル・バトラー『エレホン』

 しかしながら、今までに得た確かな情報からして、ここには二種類の異なった通貨があって、それぞれ違った銀行と金融制度の下で取り扱われているらしい。そのうち、一方の(音楽銀行が関与している)制度の方が正式の制度で、その下ですべての金融取引を行う通貨が発行されており、私が見るかぎり、社会的な対面を重んじる人達はすべて、額の多少はあれ、こちらの銀行に金を預けている。他方、私が得た中で最も確かな情報は、そちらに預けた金が外の世界で直接的な商業的価値を持っていないということである。音楽銀行の頭取や行員たちの給与が、彼らがみずから取り扱っている通貨で支払われていないことは間違いない。ノスニボル氏はときおりこの銀行に、あるいは町のさらに大きな母体銀行に通っていたが、それほど頻繁に行っていたわけではない。彼は他の銀行の大黒柱だが、音楽銀行の方でもちょっとした役職に就いているらしい。婦人たちはたいがい別行動だが、これは公式行事の場合を除いてどこの家でも同じだ。
 私は長らくこの奇妙な習慣をもっとよく知りたいと思っており、特に奥さんと娘さんたちと一緒に行動してみたいと思っていた。私が来てからというもの、彼女たちはほとんど毎朝どこかに出かけていき、面白いことにそのときかならず財布を手に持っているのだが、見せびらかすというほどではないにせよ、どうやら行き会った人に行き先を知らせるためのものらしいのだ。しかしながら、私自身は一度も外出に誘われたことがなかった。

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