フェイ・ウェルドン『女ともだち』

 クリスティーはその年ピカ一の独身男。冬の雪が何か月も固く積もり、ヨーロッパの半分が飢え、頭上の爆撃機が代わりに食糧をドイツへ運び、ガスの炎が小さく弱まっていき電球の光はちろちろ揺れ、見知らぬ者同士が暖を求めて体を寄せあうなか、クリスティーはグレイスの眼前で、希望の約束の灯台のごとく光を放つ。その全身が、明快な、たくましい(ただし結婚においてのみ発揮される)男らしさをみなぎらせている。クリスティーこそグレイスの野望。大学の卒業証書でもなく、キャリアでもなく、世間に認められることでももはやなく。クリスティーさえいれば。
 グレイスは彼を愛している。ああ、心から。彼の姿を見ただけで心臓は波打ち、内臓は焦がれる思いにとろける。けれど彼の抱擁に屈しはしない、そんなことはできない。彼はグレイスをヨットに乗せてくれる、しかるべき付添いも一緒に(そう、彼はヨットを持っているのだ)。山へも連れていってくれる、付添いはこの場合やや手薄になる(そう、彼は山に登るのだ)。フラットを買ってあげよう、とも言ってくれるけれど(そう、彼はそれくらいお金持ちなのだ)、いいえ、それは受けられない。いいえダイヤモンドは要らないわ、ありがとうクリスティー。腕時計も要らないわ。贈り物もなし、賄賂もなしよ、私の愛しい人。チョコレートはいただくわ、ええ、ありがとう! それに蘭の花も、ディナーの招待も、タクシーで家まで送ってもらうし、そうね、キスもね、そう、胸も触っていいわ(私たちってほんとに淫らね!)、早く早く、おやすみなさいクリスティー。私だけの人、愛する人、誰よりも大切な人。あなたのためなら命も惜しくない、でもあなたと寝るのだけは駄目。
 クリスティーは帰り道ソーホーに寄って、娼婦と一時間を過ごす。ほかにどうやって生き延びろというのか?
 グレイスは彼を愛している。彼と結婚するつもりでいる。ほかにどうやって生き延びろというのか?