ミラン・クンデラ『笑いと忘却の書』

 そして突然、彼らはみなふたたびその三つか四つの単純な音符を歌い出し、ダンスのステップをぐんぐん速めて、休息と眠りを逃れ、時間を追い越し、おのれの無垢を力で満たしていった。誰もが笑顔を浮かべていた。エリュアールは片腕で抱きかかえた女の子の方にかがみ込んで、こう言った。


     平和の虜になった男は決して笑顔を絶やさない。


 それを聞いて娘は笑い出し、いままでよりさらに少し強く地面を踏みならして、舗道の数インチ上に飛び上がって仲間まで一緒に引っぱり上げ、誰一人地面に触れることなくみんな空中でツーステップ、さらに前へワンステップし、そう、ヴァーツラフ広場の上空に彼らはぐんぐんのぼっていって、その姿はさながら巨大な空飛ぶ花輪のようで、地上の私は彼らを追って駆け出し、何度もくり返し彼らを見上げたが彼らはふわふわ漂いながら片腕をぴょんと上げてはもう一方を上げ、下界ではプラハのカフェはどこも詩人であふれ刑務所は反逆者であふれ、火葬場ではちょうど一人の社会党代議士と一人のシュルレアリストを片付けている最中で、煙が吉兆のごとく天に昇って、エリュアールのキンキン声が唱えるのを私は聞いた、


     愛がせっせと働いている 愛は疲れを知らない


そして私はその声を追って街を駆け、都市の上空に舞い上がる肉体の素晴らしい花輪から遅れまいとしたが、やがてせつなく思い知った、彼らは鳥のように飛んでいて私は石のように落ちているのだと、彼らには翼があって私は絶対に翼を持てないだろうと。