ウィリアム・メイクピース・サッカレイ『虚栄の市』

 「もう一度言うが、わしにには君が必要なんだ」。サー・ピットはそう言ってテーブルを叩いた。「君なしでは生きていけないのだよ。君がいなくなるまではそれがわからなかった。だが、家がどうにかなってしまったようでな。どうしても同じ場所とは思えんのだ。また話がくどくなってしまったわい。君は帰ってこなきゃいかん。帰ってきてほしい。なあ、ベッキー、帰ってきてくれ」
 「帰るって――どうすればよろしいのです?」。レベッカはあえぐように言った。
 「クローリー夫人として、と言えばわかってくれるか」。准男爵はちりめんの帽子を握りしめて言った。「な、それでどうだ? 帰ってきて、わしの妻になってくれ。君こそそれにふさわしい。生まれなど糞食らえだ。君ほど淑女らしい淑女はおらん。この州の准男爵の妻たちに君の爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。帰ってきてくれるか? どうなんだ?」
 「ああ、サー・ピット!」。レベッカは大いに心を揺り動かされた。
 「帰ってくると言ってくれ、ベッキー」。サー・ピットはさらに続けた。「わしゃ年寄りだが、まだまだ元気だぞ。あと二十年は大丈夫だ。君を幸せにする。噓はつかん。好きなことをさせてやるぞ。金も好きなだけ使っていい。すべて思い通りにしていい。財産だって譲渡する。何もかもきちんとやるから。この通りだ!」。そう言って老人はひざまずき、サチュロスのように好色な目で彼女を見た。
 レベッカは、絵に描いたような驚愕の面持ちでさっと体を後ろに引いた。今までの物語の中で、彼女は一度も心の平静を失うところを我々に見せなかった。だが、今や彼女は動揺を隠すことができず、およそその目から湧き出た中で最も素直な涙を流した。
 「ああ、サー・ピット!」。彼女は言った。「ああ――私は――私はもう、結婚しているのです」