クリストファー・イシャウッド『ベルリンよさらば』

 数分後、サリー本人が到着した。
 「ねえフリッツ、私すごく遅かった?」
 「いや、三十分ぐらいのもんだよ」。フリッツが所有の喜びを満面に浮かべて、気取った声を出した。「イシャウッドさんを紹介しよう――ボウルズさん。イシャウッドさんはクリスの名で通ってるけどね」
 「それは違う」と私は言った。「僕のことをクリスなんて呼ぶのは、フリッツくらいのもんだよ」
 サリーは笑った。彼女は黒い絹の服を着ており、肩には小さなケープを掛け、小間使いの少年のかぶるような帽子を頭の片側にちょこんと載せていた。
 「ねえ、電話借りてもいい?」
 「ああ、どうぞ」。フリッツが私の目を見た。「ちょっとあっちの部屋に来てくれ、クリス。見せたいものがあるんだ」。彼が最近知り合ったサリーの第一印象を聞きたがっていたのは明らかだった。
 「お願いだから、この男と二人っきりにしないで!」。彼女は叫んだ。「電話越しに誘惑されたらどうするの。とんでもなく情熱的な人なんだから」
 彼女がダイヤルを回しているとき、そのエメラルド・グリーンのマニキュアをつけた指が私の注意を引いたが、その色は好ましからざる選択であった。というのも、煙草の脂(やに)が染み着いた、まるで小さなおてんば娘の手のように汚れている手が、その色のためにかえって目立っていたからだ。彼女は、フリッツの妹と言っても通るほど髪の色が濃かった。顔は長く、ほっそりしており、死人のように青白い化粧をしていた。目は大きく、瞳は茶色であったが、それももっと暗い色であった方が髪や描いた眉の色に合ったはずだ。
 「もしもし!」。彼女は、まるで受話器にキスでもするかのように、鮮やかな赤紫色の唇をすぼませて甘える声を出した。「ねえ、あなたなのかしら(イスト・ダス・ドゥ・マイン・リープリング)?」。彼女は口を開け、間の抜けた甘ったるい笑みを浮かべた。フリッツと私はそこに座ったまま、まるで芝居でも見るような目でじっと彼女を見つめていた。