マーティン・エイミス『マネー』

 LAでは車を運転しなけりゃ何もできない。俺はといえば酒を飲まなけりゃ何もできない。そして、運転―酒という組み合わせはここではありえない。何しろちょっとシートベルトを緩めたりタバコの灰を落としたり鼻クソをほじくったりしようものなら、あっというまにアルカトラスで死体解剖、質問はあと回しって感じなのだ。わずかな規律違反、ほんの少しの逸脱、それだけでもうハンドマイクがガーガー鳴って望遠照準器が持ち出され、コプターした豚があんたの絨毯に玉を引く
 哀れな少年に何ができよう? ホテル――ヴレモントだ――から出ると、煮えくり返るように暑いワッツの上空、ダウンタウンの高層建築が作り出す地平線には、神の青っぱなのしみが浮かんでる。左へ歩く、右へ歩く、まるっきり急流のドブネズミ。こっちのレストランは酒なし、こっちは肉なし、こっちはゲイレズビアン以外お断わり。ペットのチンパンジーをシャンプーしてもらう、ペニスに入れ墨してもらう、それなら二十四時間OK、だけど昼飯は食えるか? 万一道路の向こう側に、ビーフあり――酒あり――余計な条件いっさいなしとサインが光ってるのが見えたとしても、あきらめた方がいい。道路の向こう側にたどり着くには、向こう側で生まれるっきゃない。歩行者用信号はどれもDON’T WALKだ――ひとつ残らず、つねに、全部。歩くな、それがロサンゼルスのメッセージ、ロサンゼルスの真意だ。家から出るな。歩くな。車に乗れ。歩くな。走れ! タクシーも試してみた。話にならない。運転手はみんな土星人で、ここが右側の惑星か左側の惑星かもわかっちゃいない。乗るたびにまず、奴らに運転の仕方を教えてやらなくちゃならない。

   ※斜体は出典では傍点