ラドヤード・キプリング「ミセス・バサースト」

 「ヴィッカリーはあの晩、戦争後ブルームフォンテイン砦にそのままになっている海軍の弾薬なんかを引き取りに、内地の方に行くところだったのさ。分遣隊がヴィッカリーの旦那のお供を命ぜられることもなかった。あいつは一人称単数で――単騎で、つまり独りで――送り出されたんだ」
 プリッチャード曹長はヒューと口笛を鳴らした。「俺はそういうことだと理解した」とパイクロフトは言った。「あいつと一緒に上陸したら、駅を通ってくれと頼まれたんだ。やたらに歯をカチカチ言わせてたけど、それ以外は元気そうだった」
 「『いいこと教えてやろう』とあいつは言った。『明日の晩、ウスターでフィリス・サーカスがある。だから、もう一度あの人に会える。君もよく付き合ってくれたな』ってさ」
 「だから『いいかヴィッキー、俺はもう限界だ。あとは勝手にやってくれ』って言ってやったんだ。『これ以上何も聞きたくないからな』ってね」
 「そしたら、『君が文句を言う筋合いじゃないだろう』なんて言いやがる。『ただ見ていればよかったんだから。俺はその真っただ中にいたんだ』なんてね。それから『だけどまあ、そんなことを言ってもしかたがない。別れる前に一言だけ言っておく。いいか』ってあいつは言った――ちょうど総司令部の裏門を過ぎるころだ。『いいか、俺は殺しちゃいない。女房は俺が出発してからひと月半後にお産で死んだんだからな。少なくともそれについては俺は潔白だ』ってね」
 「『それじゃ、何が問題だって言うんだ?』と聞いてみた。『そのあと何をしでかしたんだ?』ってね」
 「『あとはただ沈黙のみ』と言ってあいつは俺の手を握り、歯をカチカチ言わせながらサイモンズタウン駅に入っていったよ」
 「バサースト夫人を見るためにウスターに寄ったのだろうか?」と私は尋ねた。
 「さあね。ブルームフォンテインに出向いて、弾薬を貨車にのせて、それから消えちまったんだからな。あと一年半で年金がもらえるというところまで来て、失踪しちまった――いや、脱走だと言ってもいい。それで、もしその奥さんについての話が本当なら、あのときあいつはまったく自由の身だったというわけだ。これをどう読み解くね?」