トマス・ハーディ『青い眼』

 はじめのうち、未だ経験したことのない死は、まさに経験したことがないがゆえにあり得ないもののように思え、ナイトは未来のことも、あるいは自分の過去と結びついたいかなるものも考えることができなかった。彼はただ、自分を亡きものにし、彼女の試みを失敗に導こうとする「自然」の背徳行為をじっと見据えるのみであった。
 崖は内側に湾曲しており、空を蓋に、ほぼ半円形に囲まれた湾の海面を底に見立てると、まるで空(から)の円筒の内側を縦に切り取ったような形をしているため、彼の目には絶壁が体の両側から迫りくるのが見えた。彼は壁面を見下ろし、その恐怖がごまかしようのないものであることを確認した。至るところが不気味な色に染まり、冷厳な岩肌には荒涼たる影が宿っていた。
 人が不確定な状況(サスペンス)にさらされたとき、無機的な世界がその眼前に映し出す雑然たる事象に頭を悩ませるものだが、そのような事象の一つとしてナイトの視線の先にあったものは、岩の中にはまり込んで、表面だけが岩肌からうっすらと浮かび上がった化石であった。その生物には目があった。すでに光を失い、石と化した今でも、その目はじっと彼を見つめていた。それは三葉虫と呼ばれる初期の甲殻綱の動物であった。何百万年もの時を隔ててこの世に生を受けたナイトとこの埋もれたる小さきものとは、まさに死に場所で出会ったかのようであった。その化石は、彼の視界の中で唯一生命を宿していたものであり、また今の彼と同様、救うべき肉体を有していたものであった。