夢野久作『瓶詰地獄』

 かような離れ島の中の、たった二人切りの幸福(しあわせ)の中に、恐ろしい悪魔が忍び込んで来ようと、どうして思われましょう。
 けれども、それは、ホントウに忍び込んで来たに違いないのでした。
 それはいつからとも、わかりませんが、月日の経つのにつれて、アヤ子の肉体が、奇蹟のように美しく、麗沢(つややか)に長(そだ)って行くのが、アリアリと私の眼に見えて来ました。ある時は花の精のようにまぶしく、又、ある時は悪魔のようになやましく……そうして私はそれを見ていると、何故かわからずに思念(おもい)が蒙昧(くら)く、哀しくなって来るのでした。
「お兄さま…………」
 とアヤ子が叫びながら、何の罪穢(けが)れもない瞳(め)を輝かして、私の肩へ飛び付いて来るたんびに、私の胸が今までとはまるで違った気もちでワクワクするのが、わかって来ました。そうして、その一度一度毎(ごと)に、私の心は沈淪(ほろび)の患難(なやみ)に付(わた)されるかのように、畏懼(おそ)れ、慄(ふる)えるのでした。
 けれども、そのうちにアヤ子の方も、いつとなく態度(ようす)がかわって来ました。やはり私と同じように、今までとはまるで違った…………もっともっとなつかしい、涙にうるんだ眼で私を見るようになりました。そうして、それにつれて何となく、私の身体(からだ)に触るのが恥かしいような、悲しいような気もちがするらしく見えて来ました。