大江健三郎『奇妙な仕事』

 明後日までには全部殺してしまうんだろう? それに餌をやって手なずけるなんて卑劣で恥しらずだ。僕はすぐに殴り殺される犬が、尾を振りながら残飯を食べることを考えるとやりきれないんだ。[と私大生がいった=出典注]
 今日はせいぜい五十匹しか殺さないんだ、と犬殺しが怒りを押さえた声でいった。後の百匹を飢えさせておくのか。そんな残酷なことはできないよ。
 残酷な、と私大生は驚いていった。残酷だなんて。
 そうだ、残酷なことを俺はしたくないんだ。俺は犬を可愛がっている。
犬殺しは事務員と倉庫の間の暗い通路へ入って行った。私大生はぐったりして囲いにもたれた。彼のズボンは犬の血に汚れていた。
 残酷だなんて、あいつはどうかしてるよ、と私大生はいった。あいつのやり方は卑劣だな。
 女子学生は冷淡に地面を見下して黙っていた。地面には犬の血の濃緑色に光る汚点があった。それは駱駝の頭の形をしていた。
 え? 卑劣だと思わないかい。
 そうだろうな、と僕は投げやりにいった。
 私大生は蹲(しゃが)みこみ眼をふせて暗い声でいった。僕はあの犬たちが低い壁に囲まれてじっとしていると考えるとやり切れないんだ。僕らは壁の向うを見ることができる。あいつたちには見えない。そしてあいつたちは殺されるのを待っているんだ。
 壁の向うが見えたところでどうにもならないわ、と女子学生がいった。
 そうなんだ。そのどうにもならない、ということが僕にはやりきれない。どうにもならない立場にいて、しかも尾を振りながら餌を食べているんだ。