上林暁『極楽寺門前』

 帝都座の地下室の「モナミ」に入って冷いものを飲んだ。小さい旗を立てたお子さまランチを見ると、今度は多根子を連れて来たいと思った。大ぜいの人の混み合う夜店をひやかしたりして、高野フルーツに寄って、西瓜を買った。
 私たちは意気揚々として西瓜を持ってかえった。冷えていたけれど、もう少し冷やして、弥生が切った。皮は斑らであったが、中はまっ赤にうれていた。
「義姉さん食べない?」弥生が言った。珠子は見向きもしなかった。ぷすんと黙ったきりだった。私が食えと言っても食べなかった。
 私はそれを見て、珠子はまだ機嫌が直っていないんだなと思った。腹の底には、さっきの不興がいぶりつづけているんだなと思われた。新宿へ行く前より今の方が、不興が募っていた。弥生だけを新宿へつれて行き、自分を連れて行かない、そのえこひいきに腹を立てていた。妹の方を自分より愛していると思う嫉妬の感情が、きざして来たのだった。産後であるから、それが一種病的でさえあった。私は産後七十五日なんてことを心配せずに、新宿へ連れて行った方がよかったのではないかと考えたけれど、後の祭であった。そんなことを思うと、折角の西瓜も味がなかった。