阿部昭『大いなる日』

 さよならだ。永かったつきあいも、これでさよならだ。僕はいちばん古い友達をなくした。……
 みんなでおやじの病室の後始末をしてから、僕はまだ何か忘れものはないかと一人で見てまわり、最後に荷物の残りと自分の靴をぶらさげてゆっくり階下へ降りて行った。
 僕はさいしょ、何の気なしに正面の玄関のほうへ歩き出した。すると、誰かが暗い廊下のむこうで僕を呼んだので、思い違いをしていたことに気がついたのだった。おやじを連れてきた時は堂々と表から入ったのだが、帰る時は裏口からなのだということに。その建物の一方の隅に、死者が運び出される専用口があったのである。
 裏門のコンクリートの空地に、鼠色の寝台自動車が停まっていて、車の屋根に西日がさしていた。人夫が二人、担架にのったおやじのからだを尻のドアから、ほうりこうもうとしているところだった。
 上にかける夏蒲団がみじかいので、長身だったおやじの足首が、突き出ているのが見えた。二つの足首は、生者の場合にはあり得ないと思われる具合に、すなわち、左右の足の甲が思い思いのちぐはぐな角度にねじれて、まったく力なく傾いていた。