室生犀星『杏っ子』

「映画、演劇、お茶、何でもござれ、四年間の分をみんな遊べ、おれと出かけろ。」
「お伴をいたします。」
「出来るだけ綺麗になれ、かまうものか、ぺたぺた塗れ。」
「ふふ、……」
「たとえばだ、おれがよその女と口をきいても妬くな。」
「妬くものですか。」
  (中略)
 わかい女の兵隊は、その日から紅い肩章に黄ろいズボンをはいて登場した。借金はすべて月賦償還、郵便で送ることにしたが、半年はかかるだろう。これは相当に面倒なことだが礼儀として返さなければ、ならない義理のある金であった。
 わかい兵隊は唐時代の官女のように、頭のてっぺんに髪を結いあげて、平四郎のあとに今日も明日もついて歩いた。
「男なんかいないと、さばさばするわ、生まれ変ったみたいね。」
 この憐れな親子はくるまに乗り、くるまを降りて、街に出て街に入り、半分微笑(わら)いかけてまた笑わず、紅塵の中に大手を振って歩いていた。