小島信夫『小銃』

 私は小銃をになった自分の影をたのしんだ。日なた、軍靴の土煙をすかしてうつる小銃の影の林の中で、ふとその影をさがすということを私はいくどもした。その林はひびきとともに動いてゆく。さがしあてた自分の小銃の這う地面が、なつかしく、故郷のように思われるのだった。
   (中略)
 私は、キラキラと螺旋をえがいてあかるい空の一点を慕う銃口をのぞくと気が遠くなるようだった。それから弾倉の秘庫をあけ、いわば女の秘密の場所をみがき、銃把をにぎりしめ、床尾板の魚の目――私はそう自分で呼んでいた――である止め金の一文字の割目の土をいじり出し、油をぬきとると、ほっと息をついで前床をふく。この前床をふくという操作は、どんなに私の気持をあたためたかしれない。一つ一つ創歴のあるという、この古びた創口を私はそらで数えたてることができた。たとえば、右手の腹のここのところのにぶいまるい創、それから少しあがったところの手術あとのようなくびれた不毛の創口、左手の銃把に近いところに切れた仏の目のような創、中でも、どうしたものか、黒子(ほくろ)のようにぽっつりふくれた、かげのところのボツ。それはたぶん作戦中、何か、あんずの飴のようなものでもくっついて、汗と熱気でにぎりしめる手の中で、木肌の一部になったのかもしれない。こうして私は一日に小銃のあそこ、ここにいくどもふれた。そのたびに私はある女のことをおもいだした。おもいだすために銃にふれた。