マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』(澁澤龍彦 訳)

「いいこと、ジュリエット、このことをよく覚えといてちょうだい、評判なんてものは、何の役にも立たない財産なのよ。あたしたちが評判のために、どんな犠牲を払っても、けっして償われはしないのよ。名声を得ようと躍起になっている者も、評判のことなど気にかけない者も、苦労の多い点ではどちらも同じよ。前者はこの貴重な財産が失われはすまいかといつもびくびくしているし、後者は自分の無関心をいつも気に病んでいるの。そんなわけで、もしも美徳の道に生えている茨が、悪徳の道に生えている茨と同じほどの量だとしたなら、いったいなぜこの二つの道の選択にあたしたちは頭を悩ますのでしょう、あたしたちは自然のままを、思いつくままを、そのまま素直に信用していればよかりそうなものじゃありませんか?」
「でも、そんな道徳を採用していた日にゃ」とあたしはデルベーヌ夫人に異を唱えました、「あんまり束縛がなさすぎて、何だか怖いような気がしますけど」
「まあ、かわいいことを言うわね」と彼女はあたしに答えました、「あんまり楽しみが多すぎて心配だって言うのね。でも、よく考えてごらん、いったいこの束縛というのは何のこと? 冷静に考えてごらんなさい……人間社会の慣習なんてものは、殆どいつも、あまねく社会の成員の認可なしに広められてしまうものなので、多くの場合あたしたちの憎悪の的であり……世の良識とは相容れぬものよ。馬鹿馬鹿しい世間の慣習は、唯々諾々とそれに従おうとするあほうな人の眼にしか現実性をもたず、叡智と理性の眼にはただ軽蔑の対象でしかないものよ……」