フォークナー『死の床に横たわりて』(佐伯彰一 訳)

「ジュエル」俺はいう。ひょいひょい動く二組のらばの耳のあいだを、トンネルみたいにずっと走ってる道は、まるでリボンみたいに、そして前の車軸が糸巻きみたいに見えて、馬車の下に消えている。「お袋が死にそうだってこと、判ってるのか、ジュエル」
 人間一人作るにも、二人いなくちゃ出来んが、死ぬのは一人で足りる。一人ぽっちで、命がなくなるもんなんだ。
 俺はデューイ・デルにいった。「お前、お袋が死んだほうがいいんだろ? そうすりゃ、町へ行けるしな」奴はお互い同士判ってることも口に出そうとはせん。「お前が口に出さんわけはな、一旦口に出すと、自分にもはっきりそのとおりと判っちまう。そのせいだろう。だが、もう自分でも判ってる。いつ、そうと判ったのかまで、俺には見とおしだ。なぜはっきりいわんのだ、ひとり言だけでも」が、いいそうにないな。「父ちゃんにいいつけるの? あの人、殺そうっていうの?」なんてばかり、いってる。「どうしてもほんとうとは思えんのだろう? デューイ・デルに、デューイ・デル・バンドレンにこんな不運がまいこむなんて、思えんからというわけだ。そうなんか?」

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