レイ・ブラッドベリ『火星年代記』(小笠原豊樹 訳)

「癪だな」と、ヒンクストンが言った。「隊長の許可を得てわたしはあの町に行ってみたいですよ。太陽系内の惑星には、似たような思考パターンや文明曲線が存在するのかもしれません。これが心理的思想的大発見の糸口になるかもしれないのですよ!」
「まあ、すこしお待ちなさい」と、ジョン・ブラック隊長は言った。
「ひょっとすると、隊長、われわれはここで初めて、神の存在を完全に証明できる現象にぶつかったのかもしれません」
「そういう証明なしでも立派な信仰をもっている人は大勢いるのだよ、ヒンクストン君」
「わたしもその一人です。しかし、こういう町は神意なくして生まれることができたでしょうか。問題はあの細部です。あれを見ていると、わたしは笑いたいような、泣きたいような感情でいっぱいになります」
「じゃ泣くのも笑うのもよしなさい。事態がはっきりするまではな」

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