カフカ『城』(前田敬作 訳)

「じつは、ここで泊めてもらいたいんだがね」と、Kは、きりだした。
「残念ながら、それはできかねます。あなたは、まだご存じないようですが、ここは、もっぱら城のお方たちしかお泊りになれないことになっておりますので」
「規則は、そうなっておるかもしれんが、どこかの片隅に眠らせてもらうくらいのことなら、できない相談ではないでしょう」
「あなたさまのご希望にそいたいのは、山々でございますが」と、亭主は、答えた。「規則のことをそんなふうにおっしゃるのは、いかにも他国からおいでになった方らしい言いぐさでございまして、まあ、しかし、この規則というやつの厳格さはべつにいたしましても、ほかにも理由がありまして、どうしてもお泊めするわけにはまいりません。それは、お城の方々は非常に感じやすいと申しますか、とても神経の過敏な人たちばかりでいらっしゃるからなのです。わたしの確信では、あの方たちは、すくなくともなんのまえぶれもなしにいきなり他国の人と顔をあわせることにはお耐えになれないのではないかと存じます。ですから、もしもあなたさまをここにお泊めいたしまして、なにかの偶然で――ついでながら、偶然というやつは、いつだってあの人たちの味方をしていると相場がきまっております――つまり、なにかの偶然であなたさまが見つかったりしようものなら、破滅の憂き目をみるのは、わたしだけではありません。あなたさまも、首がふっとんでしまいましょう。ばかばかしい話だとお思いになるかもしれませんが、これはほんとうのことでございます」