湯川秀樹『旅人 ある物理学者の回想』

ユークリッド幾何を習いはじめると、直(す)ぐその魅力のとりことなった。数学、ことにユークリッド幾何の持つ明晰さと単純さ、透徹した論理――そんなものが、私をひきつけたのであろう。
しかし何よりも私をよろこばしたのは、むずかしそうな問題が、自分一人の力で解けるということであった。幾何学によって、私は考えることの喜びを教えられたのである。何時間かかっても解けないような問題に出会うと、ファイトがわいてくる。夢中になる。夕食に呼ばれても、母の声は耳に入らない。苦心惨憺の後に、問題を解くヒントがわかった時の喜びは、私に生きがいを感じさせた。