D.H.ロレンス『完訳 チャタレイ夫人の恋人』(伊藤整・伊藤礼 訳)

翌日彼女は森へ出かけた。曇った、静かな午後で、暗緑色の山藍(やまあい)が榛(はしばみ)の矮林(わいりん)の下に拡がっていた。すべての樹木は音も立てずに芽を開こうとつとめていた。巨大な槲(かしわ)の木の樹液の、ものすごい昴(たか)まり。上へ上へと騰(あが)って芽の先まで届き、そこで血のような赤銅色(しゃくどういろ)の、小さな焔かとも思われる若葉となって開こうとする力を、彼女は今日は自分のからだの中に感じた。それは上へ上へと脹(ふく)れあがり、空に拡がる潮(うしお)のようなものだった。