井伏鱒二「鮠釣り」

あるとき私は滝つぼで、黒漆(くろうるし)をかけたように頭の光る古色蒼然たる鮠(はや)を釣ったことがある。ちょっと奇怪の感じがした。この鮠は魚籃(びく)のなかで、ながいこと重々しく跳ねまわっていた。そのとき、下から見上げる滝の上に短い虹が現われていた。立ちのぼる水しぶきが産んでいる虹である。そして、水しぶきの渦巻きが動くにつれ、虹も位置を変えていた。横幅の狭い虹であった。