福田恆在「一匹と九十九匹と」

思想史は無数の矛盾撞著にみちみちてゐる。気のはやい思索家はそのことを自己の懐疑思想の動機とする。が、これほどばからしいことはない。ぼくは相反する思想にみたされた二千年の哲学史を、その矛盾のゆゑに信ずるのである。それらはたがひに矛盾するものであるがゆゑに思想であり、思想であるがゆゑに今日まで残つてゐる。そのときそのときに決著され解決されてきたものは、半世紀のいのちを保つことすらめづらしい。