谷崎潤一郎「饒舌録」

筋の面白さは、いい換えれば物の組み立て方、構造の面白さ、建築的の美しさである。此れに芸術的価値がないとはいえない。(材料組み立てとはまた自(おのずか)ら別問題だが、)勿論こればかりが唯一の価値ではないけれども、およそ文学に於て構造的美観を最も多量に持ち得るものは小説であると私は信じる。筋の面白さを除外するのは、小説という形式が持つ特権を捨ててしまうのである。そうして日本の小説に最も欠けているところは、此の構成する力、いろいろ入り組んだ話の筋を幾何学的に組み立てる才能、に在ると思う。

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