久米正雄「「私」小説と「心境」小説」

 人の生活というものは、全然、酔生夢死であってすらも、それが如実に表現されれば、価値を生ずる。かつて地上に在ったどの人の存在でも、それが如実に再現してある限り、将来の人類の生活のために、役立たずにはいない。芸術を、消閑娯楽の具とするのみに止まって、此の地上に存在した一人の生存の、愛(かな)しき足跡と見ないものは仕方もないが、いやしくもそれを人間生活史の一部として見る時、各自はいずれもその各々の一頁を、要求しうる権利を持つものである。