久米正雄「「私」小説と「心境」小説」

 心境小説というのは、実はかくいう私が、仮りに命名したところのもので、その深い趣意に就ては、いずれ章を改めて述べるが、ただここに一言でいえば、作者が対象を描写する際に、その対象を如実に浮ばせるよりも、いや、如実に浮ばせてもいいが、それと共に、平易にいえばその時の「心持」むつかしくいえばそれを眺むる人生観的感想を、主として表わそうとした小説である。心境というのは、実は私が俳句を作っていた時分、俳人の間で使われた言葉で、作を成す際の心的境地、というほどの意味に当るであろう。