ヘミングウェイ「何を見ても何かを思いだす」(高見浩 訳)

「わたしの言う課題とは、こういうことだ。二人で一緒に市場にいったり闘鶏を見にいったりするね。そうしたら、その後で二人がめいめい自分の見た事柄について書くのさ。自分の見たものでいつまでも心に残るものは何か。たとえば、闘鶏の最中に、一度審判が二羽の雄鶏(おんどり)を分けて、中休みを与えるときがあるだろう。そのとき、それぞれのハンドラーが雄鶏の嘴をあけて喉に息を吹き込むな。そういうささやかな情景について書くのさ。すると、わたしとおまえがそれぞれ何を見ていたのかがわかる」
 少年はうなずいて、自分の皿に目を落した。
「あるいは二人でカフェに出かけて、サイコロ賭博を二、三回やったとしよう。おまえは耳にした会話で心に留まったことを書けばいいんだ。何から何まで書く必要はない。おまえにとって意味のあることだけを書けばいい」