ヘミングウェイ「キリマンジャロの雪」(高見浩 訳)

おれは自分で自分の才能をぶち壊したのだ。そう、それを使わないことによって、自分と自分の信念を裏切ることによって。自分の感性の触手を鈍らせるほど酒を飲むことによって。怠惰によって。安逸によって。それから、俗物根性によって。誇りと偏見によって。ありとあらゆることによって。こいつは何だ? 古い書物のカタログか? いったい、おれの才能とは何だ、と彼は思った。それが独自の才能であることは間違いなかった。が、おれはそいつを使う代わりに、そいつを商売道具にしたのだ。物を言わせたのは、自分が実際にあげた成果ではなく、常に、これからなし得る可能性、だった。そしておれは、ペンや鉛筆によらずに、何か別のことで暮らしをたてる道を選んだ。おれがだれか別の女と恋に陥ると、その女がきまって前の女より裕福だったのも不思議ではないか? だが、そのとき、おれはもはや心から愛していたわけではなく、いまの女に対するように、ただ虚言を弄していたにすぎない。