ニーチェ『道徳の系譜』(木場深定 訳)

何が今日「人間」に対するわれわれの嫌悪を起こさせるのか。――疑いもなく、われわれは人間に苦しんでいるのだからだ。――それは恐怖ではない。むしろ、われわれがもはや人間について恐るべき何物をももたないということ、「人間」という蛆虫が眼の前で蠢いているということだ。「温順な人間」、救いようのないほど凡庸で活気のない人間が、自分を目標や頂点として、歴史の意義として、「より高級な人間」として感じることを知ったということ、――否、むしろ、そういう人間が、そこいらに溢れている不具者や病疾者や疲労者や老衰者――全ヨーロッパが今日その悪臭を発し始めている――とは違って、自分を少なくとも比較的により上出来な者、少なくともまだ生活力をもっている者、少なくとも生に「然り」を言う者として感じるかぎり、そう自負すべきある種の権利を有するということ、これが「人間」に嫌悪を感じさせる所以なのだ……

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