山田風太郎『戦中派不戦日記』

 焦げた手拭いを頰かむりした中年の女が二人、ぼんやりと路傍に腰を下ろしていた。風が吹いて、しょんぼりした二人に、白い砂塵を吐きかけた。そのとき、女の一人がふと蒼空を仰いで
「ねえ……また、きっといいこともあるよ。……」
 と呟いたのが聞えた。
 自分の心をその一瞬、電流のようなものが流れ過ぎた。
 数十年の生活を一夜に失った女ではあるまいか。子供でさえ炎に落して来た女ではあるまいか。あの地獄のような阿鼻叫喚を十二時間前に聞いた女ではあるまいか。
 それでも彼女は生きている。また、きっと、いいことがあると、もう信じようとしている。人間は生きてゆく。命の絶えるまで、望みの灯を見つめている。……この細ぼそとした女の声は、人間なるものの「人間の讃歌」であった。