ウラジーミル・セドーフ「タルコフスキーとシェイクスピアの『ハムレット』」(井上徹 訳)(アネッタ・ミハイロヴナ・サンドレル 編、沼野充義 監修『タルコフスキーの世界』所収)

タルコフスキー 「そもそも、今日の演劇における方法論や俳優術には、私の見るところ、山のように問題がある。主として表現手段の美学に関わる問題だ。たとえば、役者が感情やあからさまな激情に身をゆだねることがよくある。何のためか。そういう感情にとらわれていることを見せるためか?……感情を演じてもみっともないだけで、ただひたすら下品なだけだ。私たちの職業は、おおいに約束事にのっとっていて、思想や観念によって人びとに自分の感情を思い起こさせることができるが、その感情を演じてはいけないのだ。それから、あからさまにはっきりと表現された感情には、つねに虚偽が含まれていて、その感情は芝居じみた見せかけのものなのだ。本当に誠実な人間は、決して自分の感情をあからさまに表現しないし、本物の感情はつねに何かでカモフラージュされている。欺瞞に満ちて不誠実な連中だけが、情熱的に自分の感情をひけらかすのであって、これは明らかに、自分は精神的に豊かな人間だということを周りの人に立証しようと思ってやっているのだ。しかし、これは間違っている! 要するに、明白に表現されたあからさまで情熱的な感情など、私は断固として認められない。そんなものは嘘臭くて仕方がない! 御免こうむる!……」