柄谷行人「掘立小屋での思考」

 マルクスとかフロイトの出現以来、われわれは事物をいつも裏側からのぞくことになれた。しかし、それによって事物がよくみえるようになったわけではないので、逆にわれわれは事物の「表面」をみる能力をうしなったのであり、「表面」をみすえる努力をするかわりに、べつの意味体系をあてはめてわかったつもりになっているにすぎないのである。