安岡章太郎『歴史への感情旅行』

 要するに、私には物心ともに何の希望もなく、夜中に郊外電車のとおる音を聞きながら、ああおれもその気になれば、あの電車のそばまで這ってでも行けるし、レールに跳び込むこともできる、とそんなことばかりを考えていた。しかし、実際に自殺をはかってみると、どうしても死に切れないものが自分の心の中にあった。
 なぜだろう? わかったのは、自分がなにも希望や生き甲斐を求めて生きているわけではないということだ。いくら自分が頭で死のうとしていても、体のあらゆる部分は意識下で生き残ろうとしている。この無意識の本能こそ、自分の中の本当の自分なのだ――。