安岡章太郎『僕の昭和史』

しかし、僕はひるまなかったし、ヤケにもならなかった。落胆したり絶望したりするのは、まだ自分に幻想を持っていられるときのことだ。僕にはもはや、そんな抱負や期待は何もなかった。僕は、ただ短い行間にどんな小さなことでも自分の知り得たこと、自分の発見したことを書くだけだ。それが小さいなら小さいなりに正鵠を射たものであれば、その文章は生きてくるはずで、それによって自分のなかの空虚なものは少しずつでも埋められるわけだろう。