安岡章太郎『僕の昭和史』

体験といえば、いまの自衛隊でも民間会社の新入社員を体験入隊させることがあるらしい。それにはそれなりの効果はあるのだろうが、じつはそれは何かを体験したことにはならないだろう。いずれ〝体験のための体験〟などというものは、現実ばなれのした特殊な催しに過ぎないからである――。僕らも学生時代に、何度か体験入隊させられたことがある。しかし本物の軍隊生活は、それとは全然別物であった。いや、本物の軍隊にしたところで、入隊後一週間はお客様扱いである。