林達夫「現代社会の表情」

そこで思うのだが、一体、人間の表情などというものは、人の本心を露出するものなのか、あるいは隠蔽するものなのか、また露出するにしてもそのまま露出するものなのか、屈折し変色して露出するものなのか、隠蔽するにしてもいわば隠しつつそのものを仄めかすものなのか、別なものを示すものなのか、それはなかなか一概には言い切れないものがある。つまり精神とその精神がとるさまざまの外貌とのあいだには、常に多少ともある分裂とずれと逆立ちと錯倒とがあるから、一般に外観に照応するような内実を素朴に考える並行主義的推測は甚だ危険なのである。