ニーチェ『悲劇の誕生』(秋山英夫 訳)

ペシミズムや悲劇的神話、生存の根底にあるすべての怖ろしいもの・邪悪なもの・謎めいたもの・破壊的なもの・不吉なものの姿かたちに対して、古代ギリシア人ははげしい好意をよせているが、それはなぜかということ、――つまり、悲劇はどこから発生せざるをえなかったのか? ひょっとしたら、悲劇は快感から生まれたのではないか? 力から、みちあふれるような健康から、ありあまる充実から発生したのではなかったか? また、悲劇芸術も喜劇芸術もそこから発生したあの狂気、ディオニュソス的狂気は、生理学的にいって、どういう意味をもつのか? どうだろう、たぶん狂気はかならずしも退化・下降・末期的文化の徴候とはかぎらないのではあるまいか? これは精神病医のもんだいだが、ひょっとしたら健康からくるノイローゼといったものがあるのではなかろうか? 民族の青春と若々しさからくる神経病といったものが?

   ※太字は出典では傍点