神谷美恵子『こころの旅』

 ただ、人間学的にみると、妊婦の存在というものは、他に類例のない特異な状況におかれているというほかはない。それまで女性はひとりの個人であり、一つの主体であった。ところが今や胎内にべつの個人、べつの主体が宿り、女性の身体は、この新しい個人に対していわば一つの容器となる。いわゆる「入れこ」になったこの事態は奇妙なものである。他の動物ならともかく、人間の女性は自己の置かれた事態のこの奇妙さを意識し、これとこころで折合うのに少し手間どることがあってもふしぎではない。