イタロ・カルヴィーノ『木のぼり男爵』(米川良夫 訳)

「ねえ……」
「ねえ……」
 彼らはともに知りあった。彼は彼女を知り、みずからを知った。なぜなら、ほんとうのところ、一度として自分のことがわかっていなかったのだから。彼女は彼を知り、彼女自身をも知った。なぜなら、自分のことはいつでもわかっていたと言うものの、いままで一度もこんなふうには自覚できなかったのだから。