イタロ・カルヴィーノ『木のぼり男爵』(米川良夫 訳)

 こうして恋が始まった。少年は幸福で、また困惑していた。彼女は幸福で、少しも驚いていなかった。(娘たちにはなにごとも偶然に起こりはしないのだ。)それはコジモがあれほど焦がれていた恋だったが、今、思いもかけずにやってきた。そしてあまりすばらしくて、以前どうして恋をすばらしいと想像することができたのか、わけがわからないほどだった。そのすばらしさのなかでも、いちばん新鮮だったことは、それがこんなに簡単だということだった。少年にはこの時、恋とはいつでもこうなのに違いないと、思われていた。