レイ・ブラッドベリ『華氏451度』(宇野利泰 訳)

「そして、本のことを――ゆうべはじめて、書物の背後には、それぞれひとりの人間がいることを知った。その人間が考えぬいたうえで、ながい時間をかけ、その考えを、紙の上に書きしるしたのが、あの書物なんだ。そのことを、ぼくはいままで、考えてもみなかった――」
 そして、かれは、ベッドから起きあがって、
「その人間が、考えていることを書物にするまでには、おそらく一生を費したのじゃないかな。世界を見、人を見、一生を賭けて考えぬいたあげく、書物のかたちにしているのだ。それをぼくたちは、情報を受けとると、わずか二分間で駈けつけて、ボーンだ。それでなにもかもおしまいになるのだ」