レイ・ブラッドベリ『華氏451度』(宇野利泰 訳)

「まず、わしたちはつぎの考えを守らなければならん。自分たちはけっして、重要な人物でないことを思い知るべきだ。自分だけでは、なんの意味もない。いまこうして、重いおもいをしてもち運んでおる荷物が、いつかだれかの役に立つのだと、それだけを心がけるべきだ。遠いむかし、手近に多くの書物をおいといたころでも、わしたちはその書物から得たものを、役立てようとしなかった。わしたちは死者を侮辱することしか考えなかった。わしたちよりもまえに死んだ哀れな人たちの墓に、唾をかけることしか知らなかった。わしたちはこれからも、孤独な人たちに大勢会うことだろう。来週も来月も来年も。そして、その人たちは、わしたちにむかって、なにをしておるのかとたずねるだろう。そのときは、こういって、こたえよう。わしたちは記憶しているのです、とね。それがけっきょく、最後の勝利をうる道なのだ。日数さえ積めば、わしたちはじゅうぶんな知識を記憶することができる。そして、かつて見たこともないほどの巨大な蒸気シャベルをつくりあげ、史上最大の墓穴を掘り、そこへ戦争をおしこんで、土で埋めてしまうこともできるのだ」