大江健三郎『新しい文学のために』

人はある年齢にいたると、よく自分の少年時代において、あるいは青春のさなかに、どういう文学から感銘を受けたかを語るものだ。そういう話をつうじて、もっとも生きいきと具体的に相手の文学への思いがつたわって来るのは、詩句や文章の一節のはっきりした引用がある時である。この場合、引用される語句がテキストそのままであることはかならずしも必要でない。その一句・一節が表現するものを、自分としてこう受けとめたという、いくらかは覚えちがいもある引用に説得力があるのである。