ジッド『一粒の麦もし死なずば』(堀口大學 訳)

万事が、それぞれそのあるべきところに戻り、釣合いがとれてくるが、そのかわり、僕はなんとなく落し物をしたような気持だ。どうやら僕には、最初に自分が真実の近くにいたように思えるのだ、そして、僕の生れたばかりの感覚にとって、これほど重要な思い出になるのだから、それが歴史的な出来事であっても決して不似合なことではないような気がするのだ。距離をもうけることによって、そのいっそうの美しさを加えさせようとして、ものごとをわざと遠い過去の日の出来事にしたがったりする無意識的な要求もじつはこのためのようだ。